年齢を重ねること

自分の年齢が上がるにつれ、叶わなくなってくることも出てきました。「カラオケ始発コースで朝に帰宅、数時間寝て昼からまた遊ぶ」や「明け方までみんなで遊んでその晩に飲みに行く」という事も昔はあったものですが、今はそんなこともしていられません。

でも今の自分でしか出来ない事ってあるなとも思ったりします。 向き合うべき相手がいて、私は今小さな反逆者と一日中すったもんだしている訳です。疲れるまで組んず解れつしている訳です。 もうこんな日々嫌だ!!と結構簡単に思いますが、そんな簡単に思ってしまう自分を楽しんでいる自分もどっかにいます。いやいないかな、でもいなかったらとっくに私はここに居ないと思うのですよね。

話が少し飛びますが、育児について。 世の中には育児書って数多く出回っているじゃないですか。 私も出産後、それこそ数年は色んな本を読み漁り、忠実にそれに従おうとしていました。そしてそれが出来ずに落ち込んだりもしました。 でも思うのですが、結局育児も人と人とのかかわり合いな以上、今目下繰り広げられているこの状態を打開するためにはどうするのがベストなのかなんて、本はリアルタイムでは教えてくれないんですよね。 何も事情を知らない本が、私よりも正解を知ってるなんてちょっとおかしい気もしますしね。 よくある夫婦円満の秘訣みたいな、相手の関心を引き付けるハウツーみたいな、そんな本に対するナンセンスさを「お母さんは上手に休みましょう」「子供は上手に諭して」という何ら具体性のないアドバイスに感じたりします。 子供も人間、私も人間。結局は相手の顔を見て、私も生々しく怒ってみたり、反省しては娘に謝ってみたり、そして娘も傍若無人に行動してみたり、私の怒りスイッチがどこで入るのか手探りで探しては雷を落とされたり、そんな日々がきっと未来に続くのかなと思ったりします。きっと相手に真剣に向き合う事が大切なのかなと私は思っています。相手に真っ直ぐに向き合うのは今は辞めておこうということも真剣に思ったりします。

人生はすごろくのようなもので、今は車に3本棒が刺さった状態でサイコロ振っては色んなマスに止まっているのでしょうね。ゴールに近づくにつれいろんなイベントが待ち受けていたりするじゃないですか。正しくあれなんじゃないかなと。

今出来る事に体当たりでぶつかって、そして年齢を重ねるごとに私という人間も成熟していきたいなと思う風邪っぴきの私でございました。そして死して屍拾うものなしです。